PLANET DESIRE
Clue Ⅱ デザイアー

Part Ⅳ


 「怪物が……」
ユーリスは、再び封印された記憶の中を彷徨っていた。歩けるようになって施設を脱走した彼が最初に買った物。それは剣だった。競技用のその剣を持った時、心は確かな予感を感じた。しかし、その時の彼にはまだ力がなかった。構えるのでさえやっとの状態なのだ。持ち慣れた筈の剣の感触。それは思ったよりも遥かに重く、追われる身としては厄介な荷物だった。それでも、彼は剣が欲しかった。

――君は復活するんだ。不死鳥としてね。光の剣を携えた黄金の救世主として……

しかし、筋力が回復していない少年にとって、それは負担だった。素振りでさえ満足に出来ないのだ。が、それでもユーリスはがむしゃらに剣を振り、危険と隣り合わせの逃亡を続けた。

 外に出て、一番驚いたのは街の変容だった。シーザーの言った通り、世界は変わってしまったのだ。

――残念だけど、世界は間違った方向へ進んでいる。科学は人間を幸福にするための学問だった筈なのに……。このままでは人は光を失くしてしまうだろう。でも、もっと悲しいのは、ぼくにそれを止める力がないことだ。けど、ユーリス、君なら出来る。未来のために……。ぼくは君を信じているよ

 その意味が病院にいた彼にはわからなかった。彼はまだ無垢だった。しかし、外に出たユーリスは、否応なく現実に直面することになった。彼は驚愕した。卑劣な犯罪が横行していた。力の強い者が弱者を襲い、平然と金や命を奪う。加えて、獣や怪物が人々を脅かしていたのだ。
 街には銃を携えた警備兵が巡回し、街の境界には高い壁が設けられ、その往来は厳重に管理されていた。壁の向こうにはまた別の壁が存在し、さらにその向こうには、物資さえ行き届かない世界が存在していた。

 そこで、ユーリスははじめて見た。
「怪物……!」
それは巨大でおぞましい姿をしていた。それが人里に現れて田畑を荒らし、人間を食らうのだという。
「そんなことが……」
ユーリスは何も事実を知らずに育った。中央では何もかも整った恵まれた裕福な暮らしをしていたのだ。しかし、それが世界のすべてではなかった。地方では出没する山賊や怪物に怯え、文明の利器も持たず、科学の恩恵も受けられず、時代から置き去りにされた村があちこちに点在していた。
「怪物だ! 怪物が出たぞ!」
飢えた獣が娘を引き裂くのを目撃した。
「よくも……!」
ユーリスは怒りに任せて剣を振るった。が、それは競技用の剣だった。しかも、彼にはもう以前程の鋭さも切り込む力もなかった。たちまち怪物に剣を弾き飛ばされた。そして、怪物の腕が彼の胸を抉ろうと伸びる。

と、その時、背後から現れた剣がその怪物を突き、俊風のような一撃で怪物の胴を両断した。その動きの速さと卓越した剣裁き。そして力。さぞかし豪傑でたくましい大男だろうと思って振り向くと、そこには小柄で痩せた老人が立っていた。
「ひゃひゃひゃ。坊主、怪我はないか?」
そう言うと老人は懐から酒瓶を出してぐびりと飲んだ。
「ありがとうございます!」
ユーリスは老人に礼を述べた。
「ほう。なかなかいい目をしとる。さっきの踏み込みといい……おまえ、只の小僧ではないな」
「いえ、今はもう……」
「今は……か。そうかもな」
そう言って老人は飛ばされたユーリスの剣を拾って言った。
「こんなおもちゃの剣など実践では何の役にもたたん」
そう言うと老人はその剣をぼきりとへし折った。ユーリスは驚いた。いくら競技用の剣だといっても、それは金属で出来ていた。その強靭な剣を素手で折るなど考えられなかった。
「来るかね? 付いて来るなら、おまえに本物の剣の道を教えてやろう」
それは絶対の自信と、有無を言わせぬ威圧感とを備えていた。
「お願いします!」
ユーリスは老人のあとに付いて行った。それが彼の師匠、バンロック老人との出会いだった。

(強くなりたい。そうすれば、愛する者を失うことはない。強くなるんだ。そうすれば大切な者を失くさずに済む。強くなれば守ってやれる。怪物や犯罪を犯す人間や何もかもから……今度こそ守るんだ。この手で……!)

 しかし、老人は来る日も来る日も飲んだくれては女をかまい、馳走を食べたり温泉につかったりとやりたい放題。剣の修行など何一つない。
「師匠! 早く剣の道を教えて下さい」
さすがに焦れてそう言った。すると老人は酒に酔った赤い顔で言った。
「おまえは若い。そう死に急ぐこともあるまいよ」
「ぼくは死に急いでなどいません。一刻も早く剣を持ち人々の役に立ちたいのです」
彼は自主的に体力訓練だけはしていた。が、いつまでも剣を持たせてもらえずにいたのだ。
「なら、これでわしに本気で斬り掛かってみろ」
ひょいと渡された剣を持ってユーリスはその老人を見た。
「遠慮はいらん。いつでもいいぞ」
そう言って老人はごろりと横になった。あまりの態度に戦意をそがれたが、思い直すと彼は気合を入れて剣を振った。が、それは老人の手によっていとも簡単に弾かれた。
「よし。大分力がついてきたようだな。だが、まだまだだ。剣を持つにはまだ早い」
「わかりました」
少年は己の無力さに歯噛みした。が、今は素直に認めるしかない。しばらくは老人の言う通りにした。が、それは剣の修行とはかけ離れたものばかり。老人は剣ではなく、遊戯の仕方を教えたのだ。吟遊詩人としての技量や素地はここで身に付けた。
「おまえはどうも真面目過ぎていかん。そんなに張り詰めておったのでは出せる力も半減するわ。だが、敵に向かったら容赦はするな。最初の一等で敵を斬る。それが勝利への鉄則じゃ」

それが、彼のその後の人生を形作ることとなった。


 そして、数年後。ユーリスはたくましい青年となって、ここローザンノームシティーに戻って来た。が、そこで彼が目にした光景は……。厚い壁に覆われた砂漠……。そして、荒んだ人々の心……。
「一体、何があったというのだ? この街で……」
が、誰に聞いても知らないと言う。そんな街の存在など初めからなかったと言うのだ。そして、地図からも完全にその名は消されていた。
「馬鹿な……」
ばらばらと記憶の断片が崩れ去る。まるで砂漠の砂のように……。

……ユーリス

砂の向こうに蜃気楼が見えた。栄えた街。研究所。そして……。

――もうすぐ完成するんだ。ぼくのグリフィンの実が……

「シーザー!」

――もうすぐだよ。ユーリス。この手術が成功したら、君は歩けるようになる

「ダニー!」
大切な二人の友人が笑い掛ける。が、次の瞬間には黒く不気味な雲が研究所を覆い、光の中で爆発した……。
「二人共早く!」
青白く包まれた光の中でユーリスは手を伸ばした。
「シーザー! こっちだ! 早くこの手につかまれ!」
精一杯伸ばした彼の手が闇の中に伸びる。
「つかまれ!」
しかし、ユーリスはそれ以上進むことが出来なかった。あとほんの少しで届きそうなのに、子供の時のように彼の足は全く動かなくなってしまったのだ。
「シーザー! ダニー!」
しかし、その叫びは届かなかった。二人は闇に飲み込まれ、溶けて行った……。ユーリスはいつも間に合わなかった。いつも……。


 彼は松明の明かりの中で目を覚ました。汗で体中がぐっしょりと濡れている。
「どうやら、また、悪夢を見たようだな……」
ユーリスはぼんやりと天井を見ながら言った。体が熱く、息がうまく吸えなかった。傷口が熱く燃えているような気がした。ひどく痛くて苦しいのに意識は何処か遠い所にあって、そんな自分を見下ろしている。そんな風だった。傷が炎症を、いや、化膿しているのかもしれないとユーリスは思った。こんな所に放り出され、ろくな手当てもされていないのだ。そうなっても無理もない。
(何とかしなければ……)
とユーリスは思ったが、熱と痛みのせいで意識は朦朧とし、地面を這うことすら出来なかった。
「息が苦しい……」
酸素が足りなかった。そして唇が乾いていた。
「水を……」
消えかけた意識の中で、彼はそう呟いた。と、そこへ、誰かがやって来て彼の唇に触れた。しかし、ユーリスは瞳を閉じたまま動こうとしなかった。

「水……」
怪物のしわがれた声が言った。
「水…欲し…いか?」
そして、固い植物の葉で掬って、そっとその唇の端に流し込んだ。
「熱い……」
その額に触れて怪物が言った。男は弱っていた。怪物は別の器から茶色い液体を掬って飲ませようとした。それは癖のある臭いがして、ユーリスは拒んだ。傷を押さえていた布を剥がすのもひどく痛むのか抵抗した。
「やめろ……!」
無理矢理押さえつけた怪物を睨んで彼は罵った。
「わたしに触れるな! 何もするな! おまえは医者じゃないんだ!」
「医者……?」
怪物が聞き返す。
「そうだ! おまえは、医者じゃない。人間の医者でなければ、人間の治療なんか出来ない!」
苦しそうだった。
「頼むから、もう放っといてくれ! でなければ、さっさと殺せ! 殺せ!」
苦痛の中で彼は喚いた。

(それがおまえの望み……。ならば、そうしてもいいのだ)
と怪物は思った。
(今、こいつを殺し、食ったところで何も問題はない)
シーザーはスッとその喉元へ爪を当てた。
「殺せ……」
ぜいぜいと苦しそうな息の下から、まだユーリスはつぶやいている。
「殺せ……それが、おまえの望だろう……?」
と……。
(そうだ。初めからそうすればよかったのだ。こいつは人間……餌でしかない)

――シーザー、あなたにとって人間は餌でしかないのね? なら、わたしも殺す? いつか殺して食べるつもりで……

「ち…がう……!」
シーザーが言った。

――だって、その人を食べるつもりなんでしょう?

思い出の中でミアが言った。

――怪物だから……化け物だから、あなたは……

シーザーは激しく頭を横に振ると爪を引っ込めた。
「シーザー…化け物……ない……シーザー……」
頭の中で何かが砕けた。
「……化け物……ない……」
シーザーは後ずさり、まるで何か得体の知れないものでも見るようにユーリスを見た。自分とは随分形態のちがう生き物を、彼にとっては餌でしかない人間をどうして助けようなどと思ったのか? あのミアでさえ、自分を裏切ったではないか。自分を人間より劣ったものとして、恐ろしい天敵として、蔑みと恐怖の入り混じった目で自分を見ていた……。所詮は種族の異なる者同士。わかり合えるなど幻想に過ぎないのだ。
 この男を助け、彼が生き長らえたとしても、シーザーにとって何の恩恵もない。男は感謝するどころか、怪物であるシーザーに再び剣を向けて来るだろう。もっとも、それで自分が殺られるとは思わないが。そして現に、彼は自分を拒んでいるではないか。治療を拒絶し、怪物だと罵った。動けない体で抵抗し、歯向かう。まるで信用していないのだ。自分が怪物だから……人間とはちがう形態をしているから……。

 シーザーは自分の大きな影を見つめた。松明の火が周囲を明るく照らしている。その陽だまりのような明るさに包まれて、人間は眠っている。
「ミア……」
シーザーは記憶の中の彼女をその男に重ねた。横たわったユーリスの肩が、その胸が小刻みに揺れている。
(あれは熱があるのだ。傷が痛くて苦しいにちがいない。限界なのかもしれない……)
シーザーはくるりと背を向けると洞窟から出て行った。


 村に来た。茶色い砂嵐が止んで、少しずつ緑が多くなって来た。細かな砂利と土で出来た道。崩れ掛けた廃屋と、割れたままの街灯がぽつぽつと並ぶ。木と雑草と、鄙びた畑の脇に流れる用水路。急ごしらえのバラックのような小屋が幾つも見える。シーザーはサッと動いて丈の高い草むらの中に実を隠した。そこから静かに移動して村の奥へ進む。家の数が増えて来た。時折、道を歩く人間も見かけた。怪物は彼らに気づかれないように身をかがめ、息を殺した。旨そうな人間が幾人も通り過ぎた。が、今はそれを求めているのではない。怪物はそろりそろりと動きながらじっと耳をそばだてた。

「大したことなくてよかったね」
腕に白い布を巻いた男に女が話し掛けていた。
「ああ。あの新しく来た医者の診立ては確かだよ」
と男が背後の建物を振り返って言った。
「まったくだ。荒れ放題になっていた診療所をあんなに見事に再建しちまったんだからね」
と女も言った。
(医者……)
怪物は二人が出て来た灰色の建物を見た。その男が通り過ぎた時、何か強烈な薬の匂いがした。
(医者……)
二人の姿が見えなくなると、シーザーは素早く跳んで石の壁に張り付いた。その側面に爪をぐさぐさと刺して上って行く。そして、二階の窓を覗く。と、白い服を着た人間達が何やら話しながら歩いていた。そこでもあの独特な薬の匂いがした。
「バーテル先生、これを」
若い女が男の方に鞄を手渡した。
「ああ。ありがとう。それじゃ、君、後はよろしく頼むよ」
と、言って男は会談を下りて行った。
「ハワードさんによろしく! 月曜に伺いますって伝えておいて下さい」
女が叫んだ。
「わかった」
と、男が段の中程から返事している。怪物はそこから飛び降りるとその建物の裏庭へ向かった。

 そこには何台もの車が停まっていた。怪物は、一番大きな車の影に潜んだ。まもなくさっきの男が建物から出て来た。手には黒い鞄を提げている。
「…医者…か?」
しわがれた声がした。男は振り向いて辺りを見た。が、誰もいる様子はない。男は気のせいかと思ったらしく軽く首を横に振ると、車の方に向かって歩き始めた。
「お…まえは……医者…か?」
再び声がした。今度はハッキリと聞こえた。男はしゃんと立って答えた。
「そうだ。私は医者だ。私に何か用があるのかね?」
男が言った。シーザーは頷くと、跳躍して男の前に立った。
「か、怪物……!」
逃げようとする男をさっと片手に抱えてシーザーは跳んだ。そして凄まじい速さで砂漠の方へと駆けて行った。
「きゃあ! 先生!」
あとから来た女が悲鳴を上げて建物に駆け戻って行く。
「バーテル先生が怪物に……!」
しかし、病院の職員達が武器を持って表に出た時には、もう、その姿は何処にもなかった。


 「下ろせ! 放さんか! この怪物め!」
担がれたまま白衣の男は怪物の硬い皮膚を叩いて喚いた。
「私を食おうというのか? そうはさせるか! 患者が待っているんだ!」
だが、怪物は彼をがしりと抱えて放さない。
「放せ! 私を何処へ連れて行くつもりだ?」
怪物は更に速度を上げて砂漠の中を突っ切った。砂嵐も瓦礫の障害物をものともせず、怪物は目的地に向かってまっしぐらに進んだ。度重なる跳躍で医者は身体のあちこちを硬い怪物の体にぶつけたが、握った鞄は放さなかった。


 そして、数分も経たぬ間に怪物はそこへ到達した。そこは、茶色くはだけた山の中腹だった。怪物はそこで初めて彼を下ろした。医者は疲労困憊していた。怪物は大岩を軽々と持ち上げて脇にどかすと、大きな洞窟の入り口が開いた。何とかその場から逃げ出そうとしていた医者の首根っこを掴み、洞窟の中へ放り込むと、怪物は内側から再び大岩でその口を塞いだ。

「な、何をするつもりだ?」
いよいよ食われるのかとびくびくしていた医者の背を押して、シーザーは奥へと踏み込んだ。松明の火が燃えていた。医者は怯えながらもそろそろと周囲を観察している。しばらく進むと突然開けた空間が出現した。
 中央で燃えている大きな火と所々に置かれた松明の火で中はかなり明るく見えた。が、何より医者の目を引いたのは奥に寝かされていた人間だった。
「あれは一体……」
怪物が言うまでもなく医者は彼に駆け寄っていた。そして、駆けられていた布をはぐと絶句した。両肩と胸にかけて裂傷があった。加えて腕や頭にも刺し傷やら擦過傷がある。出血と皮下出血の跡が痛々しい。顔色は蒼白で体は熱く、呼吸も乱れていた。
「こいつは酷い……! 一体、何があったんだ?」
振り向いて医者が怪物に尋ねた。
「ユ…リ……傷…痛い…痛い…泣く……苦し…い…言う……」
「だろうな……」
医者はそっと巻かれた布を外して傷の状態を診た。

「少し化膿しているようだ……が、これは……?」
そこに当てられた植物の葉を見て医者は驚いた。更に、枕元に置かれた茶色い液体の入った器を取ってくんくん匂いを嗅いでいる。
「これは……バジライタか?」
怪物に訊いた。
「傷…良い…なる…薬……」
「おまえは薬草の知識があるのか?」
医者は驚嘆の目で怪物を見た。が、彼は黙っていた。それから、医者はユーリスの折れた腕に添えられた木や塗布された薬剤などをしげしげと観察し、最後に彼の額に乗せられていた布で流れていた汗を拭ってやりながら言った。
「いつからこんななんだ?」
「おまえ……来る…前……」
「傷が少し化膿して炎症を起こしているようだね。それと貧血……随分ひどく出血したようだから……彼はこの薬を飲んだのかね?」
「少し……でも…ユーリ…やだ…言う……」
「そうか。だが、これはよい薬だ。ぜひとも飲ませないといけない」
医者はユーリスの体のあちこちを観察し、他に問題はないかを探した。

「う…ん……」
そうこうしているうちにユーリスが目を覚ました。
「気がついたかね?」
男が穏やかに微笑んだ。
「誰だ?」
「私は医者だ」
「医者……? だが、何故ここに……」
訝しんでいるユーリスに医者が説明した。
「いや、私も驚いたんだがね。この怪物に連れて来られたんだ」
「シーザーに……」
ユーリスは虚ろな目で怪物を見た。が、炎の影となり、その表情は全くわからない。

「君は実に幸運な男だよ」
と医者が言った。
「幸運……?」
「そうさ。この怪物はどうやら君の命の恩人のようだね。いい薬と的確な手当てをしてもらえたおかげで命を落とさずに済んだのだよ。怪物に感謝しないとな。いや、何というか、ここに連れて来られるまでは私も信じられなかったんだがね。世の中にはとんでもない奇跡ってのがあるもんだ。君はこの薬を飲まないと行けないよ」
医者はさっきの器を示して言った。
「これは炎症や化膿を抑えるのにもってこいの薬なんだ。鎮痛効果や解熱効果もある。朝昼晩と三日間も飲めば大分楽になると思うよ。どうやら、私がすることは何もなかったようだ。いや、後で増血剤を持って来てあげよう。そうしたら、後は日柄が解決してくれるだろう」
と医者は言った。そして、シーザーに村まで送ってもらって帰って行った。


 ユーリスは黙って松明の火を見ていた。心なしか先程より苦痛がやわらいでいる。しばらくして、怪物が戻って来た。ユーリスは少しの間目を閉じていたが、やがて彼の名を呼んだ。
「シーザー……さっきは、すまぬ。おまえを疑ったりして……」
「ユーリ……」
怪物がその顔を覗く。
「おまえの薬が効いたらしい……もう、痛くない」
「痛い…ない……?」
「ああ……」
その返事に怪物は喜んだ。そして、言った。
「ユーリ……外…行く……」
意味がわからなかった。ユーリスは戸惑った。
「外……?」
そう言うとシーザーが彼を抱き抱えた。
「痛ゥッ!」
あまりの苦痛に彼は顔を歪めた。が、怪物はずり落ちそうになっていた布をユーリスの体に巻きつけるとそのまま表に出た。


 外はすっかり夜の帳に包まれていた。さすがにその空気は冷たかった。しかし、洞窟の中に比べれば新鮮に思える。一体、ここが何処なのかも、暦も時間もわからない。が、今はそんなことを気にしても仕方がなかった。吐き気と眩暈と激痛とで彼は意識を保つのさえやっとだったのだ。彼はまだ回復していなかった。いや、それどころか、今、とても動けるような状態ではなかった。先ほどユーリスが口にした言葉は嘘だった。決してよくなっていた訳ではない。ただ、シーザーの気持ちを思うとそう言ってやりたかったのだ。ユーリスは喘ぎながら、ギュッと自分に巻きつけられていた布を強く握った。苦痛の汗と涙が滲んだ。

と、その時、怪物が興奮して叫んだ。
「ユリ…上……」
肩にもたれて目を閉じている彼を強く揺すって怪物は言った。
「星……!」
片手でユーリスを抱きながら、もう片方の手で空を指差す。
「星……?」
ユーリスが微かに目を開けた。
「星……すごい……きれ…い……」
「え……?」
彼が首を上げると、澄んだ空にたくさんの星が輝いていた。そして、一つ二つ、見てる間にすっと長く尾を引いて流れて行く……。更に二つ、三つ……。空一面の星が彼らの頭上に降り注ぐ。
「流星群だ……」
そう言うとしばし、苦痛を忘れ、ユーリスもじっと空を見つめた。
「ルウセ…イ……?」
シーザーが訊いた。
「流星……流れ星のことさ……そういえば、昔、誰かが言っていた……流れ星を見つけたら願いごとを言葉にして祈るのだと……」
「願い…?」
「そうだ。シーザー、おまえも祈ったらいい。おまえの望みを……」

そうして、しばらくの間、二人は無言で空を見つめていたが、やがて、ユーリスがつぶやいた。
「この星の未来を……偽りなき真実のもとに未来の望みが切り開かれんことを祈る……」
そして、また一つ……星が流れた。ユーリスが慌ててもう一つ別の願いを唱える。
「願わくは……芳しき美女の裸体に囲まれて眠りたい……」
それを聞いてシーザーも慌てて祈った。
「ユーリ…早く……痛い……なく…ない……」
「シーザー……」
ユーリスがそっと首をめぐらせて見ると、彼は目をつぶり、星に向かって賢明に唱えていた。
「ユーリの…痛い…ない…なく……」
流れ星の小さな光が反射して怪物の美醜の横顔の陰影を更に深めている。シーザーは更に祈りを続けた。
「肉……たくさん……ユーリ……肉…食いたい……」
ユーリスは微笑した。
「シーザー……」
「ユーリ……肉……ユーリ……星!」
一際大きなそれを見つけてシーザーが叫んだ。それは、たくさんの中の奇跡……。小さな二つの星が重なって、長く太い尾を引いた。一つの時よりもそれは確かな煌きと強い残像を残した。

  この星の未来を……
  ただ一つの願いを叶えるために……
  プラネット デザイアー……
  わたしは種を蒔き続ける……
  すべての未来が、愛と希望に満ちるまで……